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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)169号 判決 1996年6月27日

東京都千代田区霞が関3丁目2番5号

原告

三井石油化学工業株式会社

同代表者代表取締役

幸田重教

同訴訟代理人弁理士

小田島平吉

深浦秀夫

江角洋治

同訴訟代理人弁護士

花岡巖

新保克芳

オランダ国ゲリーン(番地なし)

被告

スタミカーボン ビー ベー

同代表者

ウエー・セー・エル・ホーヘストラテン

同訴訟代理人弁理士

川口義雄

中村至

船山武

同訴訟復代理人弁護士

品川澄雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が平成2年審判第7328号事件について平成4年6月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「引張り強さと弾性率が共に大きいポリオレフインフイラメント及びその製造方法」とする特許第1447082号〔1979年2月8日オランダ国においてなされた特許出願に基づく優先権を主張して昭和55年2月7日出願(特願昭55-14245号)、昭和60年10月24日出願公告(特公昭60-47922号)、昭和63年6月30日設定登録。以下、上記特許に係る発明を「本件発明」という。〕の特許権者であるが、原告は、平成2年4月27日本件特許の無効審判を請求した。特許庁は、上記請求を平成2年審判第7328号事件して審理した結果、平成4年6月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年8月5日原告に送達された。

二  本件発明の要旨

濃度1~30重量%の加熱高分子量ポリオレフィン溶液を溶液紡糸して溶液状態のフィラメントをえ、直ちに該溶液状フィラメントを、積極的には溶媒の除去を行わずに、溶解温度以下に冷却することによってゲルフィラメントとし、得られたポリオレフィンゲルからなるゲルフィラメントを延伸するにあたって該ゲルフィラメントが該ポリオレフィンに対して少なくとも25重量%の溶媒を含んだ条件下に、少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得ることを特徴とする引張り強さと弾性率が共に大きい延伸されたポリオレフィンフィラメントを製造する方法。

三  審決の理由

別添審決書写しのとおりであって(但し、審決書写しの5頁8行の「続補正書」は「手続補正書」の、17頁11行の「申立自由」は「申立事由」の、18頁末行の「当日」は「当時」の、21頁7行の「紡糸ドラフト率との」は「紡糸ドラフト率と」の、28頁8行の「600,000」は「60,000」の、32頁13行の「溶液温度」は「溶液濃度」の、40頁6行の「1,500,000」は「150,000」のそれぞれ誤記である。)、本件訴訟の争点に係る審決の理由の要旨は、<1>甲第3号証の1〔米国特許第3048465号明細書(1962年8月7日発行)。本訴における甲第8号証の1〕には、本件発明の構成とする「少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る」点についての記載がなく、本件発明は、甲第3号証の1に記載された発明であるとも、それに基づいて容易に発明をすることができたものであるともいえない、<2>甲第3号証の2〔西独特許第1024201号明細書(1962年12月6日発行)。本訴における甲第8号証の2〕には、本件発明の構成とする上記の点についての記載も示唆もされておらず、本件発明は、甲第3号証の2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない、というものである。

四  審決の理由に対する認否

審決の理由中、以下の部分は争い、その余は認める。

1(一)  「本件発明の構成とする『少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る』点については同号証(注甲第3号証の1)には記載されていない。同号証には延伸について『元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えないものである。』と明記されており、」(32頁15行ないし33頁3行)

(二)  「延伸が複数回行われる場合には、全ての延伸比の積が『1:9あるいは1:10を越えない』ことが記載されているものとするのが相当である。ゆえに、請求人が主張するように、同号証の『元の長さの1.5乃至3倍の量だけ延伸する。(中略)次いで、このフィラメントを、(中略)第二延伸前のフィラメント長さの2乃至6倍だけ再度延伸する』との記載における2回の延伸の最大延伸比を掛け合わせて、『同号証には3×6=18の延伸比で延伸することが開示されている』などとは到底いうことができない。また、甲第3号証の1には、本件発明で規定する物性値を具えたフィラメントが得られることも記載されていない。そして、本件発明は、その実施例の記載からみて、延伸比を11以上とすることにより、フィラメントの物性値に関し顕著な効果が得られる。従って、本件発明は、甲第3号証の1に記載された発明であるとも、それに基づいて容易に発明をすることができたものであるともいえない。」(33頁6行ないし34頁5行)

2(一)  「本件発明の構成とする『少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る』点が甲第3号証の2には記載されていない点で両者間には明らかな相違が認められる。」(44頁5行ないし9行)

(二)  「『1:9の最終延伸』とは、『最終』の語からみて、延伸工程全体を通して最終的にこのような延伸比となるような延伸がフィラメントに付与されることを意味するものと解するのが自然である。このことは、被請求人が主張するように、同号証(注 甲第3号証の2)に対応する米国特許明細書である甲第3号証の1に、『元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えないものである。』と記載されており、1:9あるいは1:10をトータル延伸比の上限としていることからも窺える。ゆえに、請求人の、『甲第3号証の2には、(予備延伸比2.4)×(最終延伸比9)=21.6倍で延伸することが記載されている』という主張は当を得ないものである。また、請求人は、甲第3号証の2の記載に基づいて、紡糸直後のフィラメントの断面積と延伸後のフィラメントの断面積とから延伸比を算出すると22.62になる旨主張しているが、このように延伸以外の工程までをも含めた区間におけるフィラメントの断面積変化に基づいて求めた値を『延伸比』とすることはできないので、この点の請求人の主張は妥当でない。」(44頁16行ないし45頁19行)

(三)  「このデータから導き出された前記物性傾向が、本件発明のように高分子量(分子量50万以上)のポリオレフィンについても同様に現出するものと解すべき根拠はない。結局、甲第3号証の2には、本件特許発明の構成とする『少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る』点については記載も示唆もされておらず、これに請求人が主張する周知事項を付加しても容易になし得たものではない以上、本件発明が甲第3号証の2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない。」(47頁9行ないし48頁1行)

3  「以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許第1447082号発明を無効とすることはできない。」(55頁1行ないし3行)

五  審決を取り消すべき事由

1  取消事由1

甲第8号証の1(本訴における書証番号。以下、書証については本訴における書証番号により表示する。)には、本件発明の構成とする「少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る」点についての記載がなく、本件発明は、甲第8号証の1に記載された発明であるとも、それに基づいて容易に発明をすることができたものであるともいえない、とした審決の認定、判断は誤りである。

(一) 甲第8号証の1の「元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えないものである。」(5欄15行ないし17行)における「通常は」という文言は、この言葉の意味するとおり「通常は」ということであって、延伸比は「1:9」あるいは「1:10」を越えてはならない、ということではない。そして、甲第8号証の1には、上記記載に続いて、「本方法においては、高度の延伸あるいは伸張が可能であり、それにより非常に小さいデニールのフィラメントを得ることができる。」(5欄17行ないし19行)と記載されている。したがって、甲第8号証の1の第一延伸及び第二延伸のトータルの延伸比は決して「1:9」あるいは「1:10」に限られるのではなく、非常に小さいデニール、即ち非常に細いフィラメントを得ようと思う場合は「1:10」を越えてもよく、換言すれば、(イ)約2ないし2.5倍、最高約3倍の第一延伸、(ロ)約3ないし6倍の第二延伸の範囲、即ち最高約2.5×6=約15倍、あるいは最高約3×6=約18倍までの延伸を行うことができることが、甲第8号証の1に明瞭に開示されている。

また、甲第8号証の1の実施例Ⅴは甲第8号証の2の実施例4に対応するもので、上記実施例Ⅴの「final stretch」は上記実施例4の「Endverstreckung」に該当し、第二段階の延伸(最終延伸)を意味することは、甲第8号証の1の5欄10行ないし17行の記載より明白である。そして、甲第8号証の1の実施例Ⅴにおいては、その第二段階の延伸(最終延伸)について、“a final stretch of 9 times their original length”と記載されているが、この“original length”が「第二段階の延伸前の長さ」を示すものであることは、甲第8号証の1に対応する甲第8号証の2の実施例3には、その第一段階の延伸について「元の長さの2.4倍に延伸」と記載されているだけでなく、その第二段階の延伸についても「元の長さの3.3倍に延伸した。」と記載されており、第一段階の延伸のみならず、第二段階の延伸についても「元の長さの・・・倍」と表示されていることから明らかである。

したがって、甲第8号証の1の実施例Ⅴにおいても、対応する甲第8号証の2の上記の実施例3の表示に従って、第二段階の延伸倍率について、“a final stretch of 9 times their original length”すなわち、「元の(延伸前の)長さの9倍の最終延伸」と記載されたものと解釈するのが合理的であり、かつ妥当である。

上記のとおりであるから、審決が、甲第8号証の1には、延伸が複数回行われる場合には、全ての延伸比の積が「1:9あるいは1:10を越えない」ことが記載されているものとするのが相当であり、同号証には「3×6=18の延伸比で延伸する」ことが開示されているとはいえない、としたのは誤りである。

(二) しかして、審決が認定しているとおり、甲第8号証の1に記載された発明は、ポリオレフィン溶液を溶液紡糸して溶液状のポリオレフィンを得、これを積極的には溶媒の除去を行わずに溶解温度以下に冷却してフィラメントとし、さらに延伸してポリオレフィンフィラメントを製造する点で本件発明と軌を一にしており、ポリオレフィンの分子量、溶液濃度、及び少なくとも25%以上の溶媒を含んだ条件下に延伸する点についても本件発明と一致するものであり、しかも「少なくとも11倍以上の延伸比で延伸する」ことにおいても本件発明と一致するのであるから、甲第8号証の1の紡糸、延伸法は本件発明の紡糸、延伸法と同一であり、何ら区別することができないものである。

してみれば、本件発明において、少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得ることができるならば、甲第8号証の1においても同様の引張り強さ及び弾性率を有するフィラメントを製造できることは当然の理である。

したがって、甲第8号証の1には、本件発明で規定する物性値を具えたフィラメントが得られることも記載されていない、とした審決の認定も誤りである。

(三) 以上のとおりであるから、本件発明は、甲第8号証の1に記載された発明であるとも、それに基づいて容易に発明をすることができたものであるともいえない、とした審決の判断は誤りである。

2  取消事由2

甲第8号証の2には、本件発明の構成とする「少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る」点についての記載も示唆もなく、本件発明は甲第8号証の2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない、とした審決の認定、判断は誤りである。

(一) 甲第8号証の2の方法において、紡糸した糸(紡糸した直後の糸)を二段階で延伸することは、クレーム2に「紡糸した直後の糸を2段階で、即ち、第1段階では90~105℃の温度で予備延伸し、そして第2段階では110℃以上の温度で最終的に延伸することを特徴とするクレーム1の方法。」と記載され、同号証の2欄44行ないし49行に「紡糸した直後の糸は2段階で延伸できる。即ち、第1段階では90~105℃の温度で予備延伸を行い、そして第2段階では110℃~軟化点近傍の温度で最終的に延伸(Ende verstreckt)を行う。」と記載されていることから明らかである。

そして、甲第8号証の2には、実施例4について「低圧法で得られた分子量150,000のポリエチレン粉末150gを実施例3に従って白油(ホワイトオイル)1kgに溶解して15%紡糸溶液とした。紡糸溶液の引続いての操作は実施例3と精確に一致する。1:9の最終延伸(Endverstreckung)(注 下線は原告の主張によるもの)後に得られたフィラメントは、3.8%の伸びにおいて125Rkmの強度を示した。個々のフィラメント繊度は1.8デニールである。」(4欄66行ないし5欄4行)と記載されており、ここに記載されている「最終延伸」(Endverstreckung)は、クレーム2における第二段階(Zweiten Stufe)の延伸に当たる最終延伸(zu Ende verstreckt)に該当するものである。

甲第8号証の2の実施例4においては、「紡糸溶液の引続いての操作は実施例3と精確に一致する。」(4欄下から2行ないし5欄1行)と記載されており、実施例3には第一段階の延伸として「元の長さの2.4倍に延伸した」と記載されていること、甲第8号証の2の各実施例には、第一段階及び第二段階における各延伸比(延伸倍率)が明示されているのであるから、実施例4についてだけ、紡糸後第一段階の延伸までの操作が何も記載されていない、というような解釈が成り立つ余地は全くないことからすると、実施例4においては、紡糸したポリエチレンフィラメント(糸)をまず実施例3の第一段階の延伸と同じく2.4倍の延伸を行い、次いで第二段階で1:9、即ち9倍の最終延伸を行って、合計21.6倍(2.4×9)の延伸を行ったことは極めて明白である。

したがって、甲第8号証の2の実施例4の「最終延伸」について、「『1:9の最終延伸』とは、『最終』の語からみて、延伸工程全体を通して最終的にこのような延伸比となるような延伸がフィラメントに付与されることを意味するものと解するのが自然である。」とした審決の認定は誤りである。

(二) 甲第8号証の2の実施例4において、第一段階の延伸と第二段階の延伸(最終延伸)の二段階の延伸によって、上記のとおり合計21.6倍の延伸が行われたことは、同号証の実施例2と実施例4とを比較することによっても理解することができる。即ち、

実施例2と実施例4では、いずれも孔径200μの紡糸ノズルを用いて、同一分子量(150,000)のポリエチレンの溶液紡糸が行われており、両実施例の紡糸溶液濃度、フィラメントの強度、伸び、繊度を対比して示すと、次表のとおりである。

紡糸溶液濃度(%) 強度(Rkm) 伸び(%) 繊度(デニール)

実施例2 12 70 15 3

実施例4 15 125 3.8 1.8

ところで、フィラメントの引張り強度、伸び及び繊度は、フィラメントの延伸比と相関性があり、延伸比の増加とともに、強度が大きくなり、伸び及び繊度が低下することは、当業界において周知である。

実施例2と実施例4とを比較すると、上記のとおり、両者の紡糸ノズルの径及びポリエチレンの分子量は同一であり、紡糸溶液濃度は前者が12%、後者が15%と僅かな違いがあるのみであるから、実施例2(全延伸倍率9)と実施例4の延伸倍率が同一であるとすれば、両者の実施例で得られるフィラメントはほぼ同等の繊度(デニール)及び物性(強度、伸度)を有するはずである。

しかるに、実施例4で得られるフィラメントは、実施例2で得られるフィラメントと比較すると繊度(デニール)が非常に小さく、強度がはるかに大であり、かつ伸びが非常に小さい。

したがって、実施例4における全延伸倍率は、実施例2の全延伸倍率よりかなり大であることが明らかである。

(三) さらに、甲第8号証の2の実施例4において、第一段階の延伸と第二段階の延伸(最終延伸)の二段階の延伸によって合計21.6倍の延伸が行われたことは、以下の点からも読みとることができる。

実施例4においては、孔径200μ、孔数30の紡糸ノズルから、分子量150,000のポリエチレン15%白油溶液を紡糸して、最終的には1.8デニールの繊度のポリエチレンフィラメントを得ているが、これらの条件から全延伸比を計算することができる。

延伸フィラメントの延伸比(λ)は、紡糸ノズルから押出された直後のフィラメントが受けた変形比に等しいので、延伸比(λ)は紡糸ノズルから押出された直後のフィラメント(未延伸フィラメント)の断面積(A0)と、得られた延伸フィラメントの断面積(A1)から、

λ=A0/A1(1)

が得られる。

そして、紡糸溶液濃度をB、紡糸ノズル断面積をA2とすると、未延伸フィラメントの断面積(A0)は、次の(2)式から求められる。

A0=B×A2(2)

ここで、実施例4の紡糸溶液濃度は15%(容積分率0.14)及び紡糸ノズルの孔径は200μ、即ち0.02cmであるから、未延伸フィラメントの断面積(A0)は次のとおりとなる。

A0=0.14×A2=0.14×3.142×(0.01)2=4.399×10-5cm2(3)

一方、延伸フィラメントの繊度(デニール)をD、延伸フィラメントの密度をdとすると、延伸フィラメントの断面積(A1)は、次の(4)式から求められる。なお、1デニールは1g×9000mである。

A1=D/(9000(m)×100(cm)×d) (4)

ここで、実施例4の延伸フィラメントの繊度は1.8デニール及び延伸フィラメントの密度は0.96g/cm3(ポリエチレンの密度)であるから、延伸フィラメントの断面積(A1)は次のとおりはなる。

A1=1.8/(9000×100×0.96)=2.083×10-6cm2(5)

(3)式で求めたA0及び(5)式で求めたA1の値を(1)式に代入すると、λは次のとおりとなる。

λ=A0/A1=4.399×10-5/2.083×10-6=21.12

以上のとおり、甲第8号証の2の実施例4に示された紡糸溶液のポリエチレン濃度(15%)、紡糸ノズルの孔径(200μ)、孔数(30)、最終延伸フィラメントのデニール(1.80デニール)等のデータから計算すると、実施例4においては合計約21.12倍の延伸比で延伸されたことが算出されるのであって、この21.12という延伸比は前述した実施例3の第一段階の延伸比(2.4倍)に実施例4の第二段階の延伸(最終延伸)の延伸比(9倍)を乗じた全延伸比21.6倍と極めて近似した値となるのである。

したがって、延伸以外の工程までをも含めた区間におけるフィラメントの断面積変化に基づいて求めた値を延伸比とすることはできない旨の審決の認定は誤りである。

(四) 甲第8号証の2の実施例3には分子量500,000のポリエチレンを用いることが記載されており、ポリエチレンの分子量についても、本件発明は甲第8号証の2記載の発明と区別することができない。

そして、甲第8号証の2には、分子量500,000のポリエチレン溶液を紡糸して、本件発明で使用するものと同一の溶媒を含有するフィラメント(ゲルフィラメント)を全延伸倍率が11倍以上となるように延伸する、本件発明と実質的に同一の方法が開示されていることは前述のとおりである。

しかして、分子量が同一のポリエチレンについて同一の紡糸、延伸方法を適用すれば、同一の物性、例えば同一の引張強度及び弾性率を有する延伸フィラメントが得られることは当然の理であるから、甲第8号証の2には、本件発明と同様に引張り強さが1.32GPa以上、弾性率が23.9GPa以上のフィラメントを得る方法が実質的に開示されているといわねばならない。

したがって、本件発明は甲第8号証の2の発明と何ら実質的に区別できるものではない。

(五) 被告は、甲第8号証の2の実施例2と実施例4でその延伸倍率が同一であるにもかかわらず、フィラメントの強度、伸び、繊度が相違するのは、延伸前の処理、具体的にはノズル孔数の相違に起因するものである旨主張する。

しかし、甲第8号証の2の実施例3における「この紡糸溶液を前記実施例と同様に30穴の紡糸ノズルを介して20℃のプロパノール凝固浴中に紡糸した。」との記載は、実施例2において行った紡糸溶液を約8.2cm3/minの速度で径200μの紡糸ノズルの12の穴を通過させたと同様の条件、即ち径200μの紡糸ノズルの1穴当たりの紡糸溶液の吐出速度を同一条件とすること、したがって実施例3の30穴の紡糸ノズルの場合は、

<省略>

の速度(吐出量)で、30穴の紡糸ノズルを通過させたことを意味する。もし、被告が主張するように、紡糸ノズルの穴数が12穴(実施例2)から30穴(実施例3)に増加しても、紡糸溶液の流速(吐出量)を約8.2cm3/minに一定したら、実施例2(12穴)の場合と、実施例3(30穴)の場合とで、ノズル1穴当たりの紡糸溶液の流速という極めて重要な条件が大きく異なり、したがって紡糸条件が同様の条件にならなくなることは余りにも明らかである。

被告の主張は、甲第8号証の2の実施例3に「前記実施例と同様に・・・紡糸した。」と記載されているにもかかわらず、全く別個の条件で紡糸したものとするものであるから、到底成り立たないものである。

(六) 以上のとおりであるから、本件発明は甲第8号証の2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない、とした審決の判断は誤りである。

3  取消事由3

本件特許の分割出願特許(特許第1601171号)の発明は、特許請求の範囲第1項に記載されているとおり、「濃度1~30重量%の、重量平均分子量60万以上のポリエチレンの溶液を紡糸して溶液状態のフィラメントを得、該溶液フィラメントを冷却することによってゲルフィラメントとし、得られたゲルフィラメントを延伸比が少なくとも11以上において延伸することにより得られうる少なくとも1.32GPaの引張強度と、少なくとも23.9GPaの弾性率を有するポリエチレン延伸フィラメント。」というものであって、本件発明と極めて密接な関係を有する関連発明である。

ところで、上記分割出願特許に対する無効審判請求事件(平成3年審判第11479号)の審決(甲第14号証)は、甲第8号証の2について、「実施例4では、実施例3の第1段延伸(水浴中での延伸)の2.4倍と最終延伸9倍との積(2.4×9)である合計21.6倍の延伸が行われているか、少なくとも、実施例2の約9倍よりはるかに高倍率の延伸(合計11倍を超える延伸)を行っていると解するのが相当である。」としたうえ、上記発明は、甲第8号証の2、第17号証(英国特許第1100497号明細書)及び第18号証(特開昭52-155221号公報)の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断した。

したがって、本件発明についても、甲第8号証の2、甲第17号証及び第18号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、この理由によっても審決は取り消されるべきである。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因一ないし三は認める。同五は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

二  反論

1  取消事由1について

甲第8号証の1の5欄15行ないし17行には、「元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えないものである。」と明記されている。

原告は、「通常は1:9あるいは1:10を越えない」という甲第8号証の1の教示を、デニールの小さいフィラメントを得ようとするときには大きく逸脱してもよいかのような主張をしている。しかし、甲第8号証の1の実施例Ⅴで1:9のトータル延伸比により1.8デニールという所望の細いフィラメントが得られている以上、原告の主張は理由がない。

2  取消事由2について

甲第8号証の1の7欄20行ないし29行に記載されている実施例Ⅴは、「分子量150,000のポリエチレン粉末150gを白油1kgに溶解する。これは15%紡糸溶液に相当する。その後の紡糸フィラメントの処置は、実施例Ⅳと正確に一致させる。得られたフィラメントは元の長さの9倍の究極延伸を有し、3.8%の伸びにおいて125Rkm(13.9g/デニール)の強度を有した。各フィラメントの繊度は1.8デニールであった。」という内容のものである。

甲第8号証の1の実施例Ⅴと甲第8号証の2の実施例4とを対比すると、「低圧法で得られた」とかの些細な点を別にして、両者の具体的操作条件等は実質上完全に一致している。してみれば、甲第8号証の2の実施例4においても甲第8号証の1の実施例Ⅴに明記されたと同様に、延伸倍率は元の長さを基準として記載されているとするのが相当である。そうでないとすると、両者で得られたフィラメントの繊度等が完全に一致する理由の説明がつかないからである。

また、甲第8号証の2における“Die weitere Verarbeitung der Spinnlosung entspricht genau dem Beispiel 3.”は、紡糸溶液のその後の処理については実施例3と同様にした、という意味であるから、実施例3の第1文ないし第3文はともかく、紡出糸について述べた第4文以降に言及したとすることはできない。してみれば、原告が当然の前提とした第一段延伸比が2.4であるとの点についても実施例4にそのまま適用されるものとすべき根拠はない。被告は、実施例4の第一段延伸比及び第二段延伸比はいずれも個別には不明、その積は9と解釈するものである。

一般に延伸比を大きくすると細い繊維が得られる傾向はあり得るが、それだからといって実施例4におけるトータル延伸倍率が21.6倍であったとすることは到底できない。

原告は、甲第8号証の2の実施例4において合計21.6倍の延伸が行われたことは、同号証の実施例2と実施例4との比較によっても理解することができると主張するが、実施例2と実施例4とでは延伸に供される前の処理がすでに異なっているため、その異質の紡出糸に施される全延伸倍率がたとえ同一でも、物性の異なる製品が得られるのはむしろ当然である。即ち、

甲第8号証の2には、実施例2について「この紡糸溶液を12穴ノズルから押出し、プロパノール凝固浴に導入した。紡糸溶液は約8.2cm3/mmの速度で、径200μの紡糸ノズルの12の穴を通過した。・・・延伸装置の導入速度20m/mmとし、」と記載されている。実施例3については「この紡糸溶液を前記実施例と同様に30穴の紡糸ノズルを介して20℃のプロパノール凝固液中に紡糸した。」と記載され、この部分が実施例4で援用されている。してみれば、紡糸ノズル孔数は両者で相違(実施例2で12、実施例4で30)している。ところで、約8.2cm3/mmという紡糸溶液速度は勿論全体の合計であり、これを12穴ノズルから紡出するか、30穴の紡糸ノズルに供給するかによって、1穴当たりに配分される溶液通過量は大福に異なる。紡糸ノズルの径200μも別段各実施例で異なるとすべき証拠はないから、実施例2では実施例4に比べ、実に2.5倍もの速度で紡出がなされたことに相当する。

紡出された糸条が異なる速度比率で引き取られたとき、その履歴に応じて紡出糸の微細構造、ひいては物理的性質に影響が及ぶことは技術常識である。したがって、紡糸口金の孔数の相違がフィラメントの強度、伸び、繊度の相違をもたらすことは明らかであり、両実施例の延伸倍率が同一であっても、フィラメントの強度、伸び、繊度が相違するのは、延伸前の紡出糸自体がすでに異なっている以上何ら奇異なことではなくむしろ当然である。

また原告は、甲第8号証の2の記載から、実施例4においては合計21.12倍の延伸比で延伸されたことが算出される旨主張しているが、A0なるものの物理的意味が不明であるし、紡糸ノズルから押出された直後のフィラメントの断面積を紡糸ノズル断面積と異なるものとすべき理由はなく、(2)式は無意味である。また、両断面積の比が紡糸溶液濃度に等しいというのも不可解である。紡糸から延伸までの間の温度変化や組成変化に伴う密度の差についても説明されていない。さらに、実施例4の紡糸溶液濃度は15%ではない。結局、甲第8号証の2の記載から、原告が試みたような計算をすることは不可能である。

3  取消事由3について

要するに原告の主張は、分割出願の発明について無効審決があったから、本訴も同様の結論になるはずであるというものである。しかし、同審決が、甲第8号証の2について、「実施例4では、実施例3の第1段延伸(水浴中での延伸)の2.4倍と最終延伸9倍との積(2.4×9)である合計21.6倍の延伸が行われているか、少なくとも、実施例2の約9倍よりはるかに高倍率の延伸(合計11倍を超える延伸)を行っていると解するのが相当である。」とした認定は、すでに述べた理由により失当であり、かかる誤認を前提とする同審決の進歩性に関する結論も誤りである。

第四  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりであって、理由中に掲示する書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本件発明の要旨)及び同三(審決の理由)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由中、請求の原因四(審決の理由に対する認否)において原告が「争う。」とした部分を除くその余の部分については、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

1  取消事由1について

(一)  まず、本件発明における「延伸比」について見ておくこととする。

本件発明の特許請求の範囲第1項中の「・・・ポリオレフイン溶液を溶液紡糸して溶液状態のフィラメントをえ、・・・該溶液状フィラメントを、・・・冷却することによってゲルフィラメントとし、得られたポリオレフィンゲルからなるゲルフィラメントを延伸するにあたって・・・少なくとも11以上の延伸比で延伸して」との記載、及び、本件明細書の発明の詳細な説明中の実施例1についての「高分子量(・・・)のポリエチレンを・・・溶解して・・・溶液を作った。・・・この溶液を紡糸した。・・・フィラメントを通してこれを冷却(し)た。外見がゲル状で、依然として98%の溶剤を含んでいた太さ0.7mmの冷却されたフィラメントを次に120℃に加熱して管状オーブンに通し、そして種々な延伸比で延伸した。」(甲第2号証7欄29行ないし37行)との記載によれば、本件発明における延伸比は、ポリオレフィン溶液を溶液紡糸し、溶液状フィラメントを冷却した後の、ゲルフィラメントを延伸する工程における延伸倍率をいうものであることは明らかであり、紡糸や冷却の工程でのフィラメントの伸び(紡糸ドラフト)は、本件発明における「延伸比」には含まれないものと認められる。

(二)  そこで、甲第8号証の1(米国特許第3048465号明細書)に、フィラメントを11以上の延伸比で延伸することが開示されているか否かについて検討する。

甲第8号証の1には、延伸比について、(イ)「最初の溶媒抽出に次いで、フィラメントを約90乃至105℃の温度で紡糸フィラメントの元の長さの1.5乃至3倍の量だけ延伸する。・・・次いで、このフィラメントを、高温で、好適には少なくとも110℃でしかもフィラメントの軟化点以下の温度で、第二延伸前のフィラメント長さの2乃至6倍だけ再度延伸する。」(4欄31行ないし42行)、(ロ)「最初の延伸工程は、最も普通には糸の元の長さの約2~21/2、或は3倍までの延伸を必要とする。第二段階の溶剤抽出後の最終延伸は、極く普通には、さらに3~6倍延伸され、そして元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えないものである。本方法においては、高度の延伸あるいは伸張が可能であり、それにより非常に小さいデニールのフィラメントを得ることができる。」(5欄10行ないし19行。なお、原告提出に係る全訳文には、上記「本方法においては、」の前に「しかしながら」と記載されているが、甲第8号証の1の英語原文には、「しかしながら」に対応する接続詞は用いられていない。)、(ハ)「また必ずしもあらゆる場合に必要と言うわけではないが、紡糸されたフィラメントの元の長さの合計で延伸比9倍あるいは10倍を超えない範囲でさらに延伸を行ってもよい。」(7欄57行ないし60行)と記載されていることが認められる(但し、上記(イ)の記載及び(ロ)のうち「第二段階」以降の記載については、審決に摘示されており、当事者間に争いがない。)。また、甲第8号証の1に記載されている各実施例の全延伸倍率は、実施例Ⅰが8倍(2×4)、実施例Ⅱが9倍(3×3)、実施例Ⅲが約9倍(第一延伸2.5倍)、実施例Ⅳが7.92倍(2.4×3.3)であり、実施例Ⅴについては、「得られたフィラメントは元の長さの9倍の最終延伸を有し、伸び3.8%における強度は125 Reiss kilometer(13.9g/デニール)であった。個々のフィラメントの繊度は、1.8デニールであった。」(7欄26行ないし29行)と記載されていることが認められる。

上記(ロ)には、第一延伸と第二延伸とのトータル延伸比あるいはトータル伸張比は9ないし10倍を越えないことが明記されており、上記(ハ)も同旨のものと認められるところ、「トータル延伸比あるいはトータル伸張比」とは、延伸工程全体を通しての延伸比と解するのが自然である(「トータル延伸比あるいはトータル伸張比」が延伸工程全体を通しての延伸比と解するのが自然であること自体については、原告も認めるところである。)。

したがって、甲第8号証の1には、フィラメントを11以上の延伸比で延伸することが開示されているものとは認め難い。

(三)(1)  原告は、甲第8号証の1の上記「元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えないものである。」における「通常は」という文言は、その言葉の意味するとおり「通常は」ということであって、延伸比が「1:9」あるいは「1:10」を越えてはならないということではないこと、上記記載に続いて「本方法においては、高度の延伸あるいは伸張が可能であり、それにより非常に小さいデニールのフィラメントを得ることができる。」と記載されていることを理由として、甲第8号証の1の第一延伸及び第二延伸のトータルの延伸比は決して「1:9」あるいは「1:10」に限られるのではなく、非常に小さいデニール、即ち非常に細いフィラメントを得ようと思う場合は「1:10」を越えてもよく、換言すれば、(イ)約2ないし2.5倍、最高約3倍の第一延伸、(ロ)約3ないし6倍の第二延伸の範囲、即ち最高約2.5×6=約15倍、あるいは最高約3×6=約18倍までの延伸を行うことができることが甲第8号証の1に明瞭に開示されている旨主張する。

しかし、甲第8号証の1には、上記のとおり、トータル延伸比あるいはトータル伸張比が10倍を越えないことが明記されているところである。そして、甲第8号証の1には、「本発明の目的は、従来の湿式紡糸方法ならびに溶融紡糸方法の欠点を克服した新しくかつ改善されたポリオレフィンフィラメントの製造方法を提供することにある。本発明の明確な目的は、引張強度の大きな細デニールのポリオレフィンフィラメントの高速紡糸、大量生産を可能とする単純化された方法を提供することにある。」(2欄3行ないし10行)と記載されていることに照らすと、上記「本方法においては、高度の延伸あるいは伸張が可能であり、それにより非常に小さいデニールのフィラメントを得ることができる。」との記載は、同号証記載の方法自体によって、従来技術によるものに比較して繊度の小さいものが得られるということを示したものと認められ、上記記載があるからといって、繊度の小さいものを得ようとする場合には、トータルの延伸比が「1:10」を越えてもよいということを示唆しているものとは到底認められない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

そして、甲第8号証の1には「3×6=18の延伸比で延伸する」ことが開示されているとはいえない、とした審決の認定に誤りはない。

(2)  原告は、甲第8号証の1の実施例Ⅴは甲第8号証の2の実施例4に対応するもので、上記実施例Ⅴの「final stretch」は上記実施例4の「Endverstreckung」に該当し、第二段階の延伸(最終延伸)を意味するものであることは、甲第8号証の1の5欄10行ないし17行の記載から明らかであり、上記実施例Ⅴに記載されている“a final stretch of 9 times their original length”の“original length”が「第二段階の延伸前の長さ」を示すものであることは、甲第8号証の1に対応する甲第8号証の2の実施例3に、第一段階の延伸について「元の長さの2.4倍に延伸」と記載されているだけでなく、第二段階の延伸についても「元の長さの3.3倍に延伸した。」と記載されており、第一段階の延伸のみならず、第二段階の延伸についても「元の長さの・・・倍」と表示されていることから明らかであって、甲第8号証の1の実施例Ⅴにおいても、対応する甲第8号証の2の上記の実施例3の表示に従って、その第二段階の延伸倍率について、“a final stretch of 9 times their original length”即ち、「元の(延伸前の)長さの9倍の最終延伸」と記載されたものと解釈するのが合理的であり、かつ妥当である旨主張する。

甲第8号証の1は甲第8号証の2に基づき優先権を主張して出願されたものであるが、甲第8号証の1においては、「Following the first solvent extraction,the filaments are stretched by an amount of 1.5 to 3 fold of the original length of the spun filaments at a temperature between about 90℃. and 105℃.」(最初の溶媒抽出に次いで、フィラメントを約90ないし105℃の温度で紡糸フィラメントの元の長さの1.5ないし3倍の量だけ延伸する。4欄31行ないし34行。但し、下線は当裁判所で付したもの。)、「The first stretching step will most ordinarily require a drawing out of the fiber of up to about 2 to 21/2 or even 3 times its original length」(最初の延伸工程は、最も普通には糸の元の長さの約2ないし2.5倍、あるいは3倍までの延伸が必要である。5欄10行ないし12行。)、「The filaments are next stretched in hot water(95-98℃.) to about twice their original length・・・Once again the filament is subsequently stretc hed four times its length for an over-all elongation of eight times its original spun length.」(次いで、フィラメントは高温水浴(95-98℃)中で元の長さのほぼ2倍の長さに延伸した。・・・さらに、フィラメントをその長さの4倍の長さに延伸し、全体の延伸比はその最初に紡糸された長さの8倍となる。6欄11行ないし19行。)、「・・・and are thereupon immediately subjected to preliminary stretching to about three times their original length. After the preliminary stretching,the filaments are extracted again in a petroleum ether bath and afterwards again stretched to three times their length for a total stretch of 9 times their original length.」(ただちに初期延伸を行い元の長さの約3倍の長さに延伸した。初期延伸を行った後、フィラメントは再度石油エーテル抽出浴で溶媒抽出を受け、再度その長さの3倍の長さ、トータル延伸で、その元の長さの9倍に延伸された。6欄35行ないし40行)、「The filaments emerging from the solidification bath traverse a petroleum ether extraction bath and then pass through a stretching device in which they are stretched to 21/2 times their original length.」(固化浴を出たフィラメントは、石油エーテルの抽出浴を経た後延伸装置により元の長さの2.5倍に延伸した。6欄51行ないし54行)、「They are then stretched to 2.4 times their original length・・・」(元の長さの2.4倍に延伸した。7欄4行、5行)というように、「original length」(元の長さ)はいずれも、第一延伸前の長さを表現するものとしてのみ使用されていること、実施例Ⅴにおける「元の長さの9倍の最終延伸」(a final stretch 9 times their original length)について、9倍というのは第二段階の延伸工程における倍率であるとすると、第一延伸工程における最も小さい倍率として開示されている1.5倍を採用したとしても、第一延伸と第二延伸とのトータル延伸比は13.5倍(1.5×9)となって、甲第8号証の1における「元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えない」という記載に反することになり、そのようなものを最適な実施例として挙示するとは考えられないこと、まして、原告が主張するような約15倍、約18倍、あるいは21.6倍といった全延伸倍率は、他の実施例の全延伸倍率(実施例Ⅰの8倍、実施例Ⅱの9倍、実施例Ⅲの約9倍、実施例Ⅳの7.92倍)と比べると極めて突出して高率であることを総合すると、甲第8号証の1の実施例Ⅴにおいて第二延伸のみの延伸倍率が9倍であると認めるととは到底できない。

したがって、原告の上記主張も採用できない。

(四)  以上のとおりであって、甲第8号証の1には、「少なくとも11以上の延伸比で延伸する」という点が記載されているとは認められず、また、本件発明で規定する物性値を具えたフィラメントが得られることも記載されているとは認められないから、これと同旨の認定を前提として、本件発明は、甲第8号証の1に記載された発明であるとも、それに基づいて容易に発明をすることができたものであるともいえない、とした審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2について

(一)  甲第8号証の2(西独特許第1024201号明細書)には、実施例1について「次いで、長さ4mの石油エーテル洗浄浴に導入させ、次いで、長さの約3倍に延伸させた。前延伸後、フィラメントを再び石油エーテルで洗浄し、次いで、同じく長さの3倍(即ち、全部で9倍)に延伸した。」、実施例2について「低圧法で製造した分子量150,000のポリエチレンを180°のパラフィン油に溶解して12%紡糸溶液を形成した。前記実施例と同様、この紡糸溶液を12穴ノズルから押出し、プロパノール凝固液に導入した。紡糸溶液は約8.2cm3/minの速度で、径200μの紡糸ノズルの12の穴を通過した。凝固液から出たフィラメントは、石油エーテル洗浄浴を通過させ、次いで、延伸装置を通過させ、もとの長さの21/2倍に延伸させた。・・・最終段の通過後の延伸比は合計でもとの長さの約9倍である。得られたフィラメントは、70Rkmの強度及び15%の伸びであり、約3デニールの繊度を有する。」、実施例3について「フィラメントは、・・・4mの95°の水浴中で元の長さの2.4倍に延伸した。・・・得られたフィラメントを延伸撚糸機の熱板(112°)上で元の長さの3.3倍に延伸した。」、実施例4について「低圧法で得られた分子量150,000のポリエチレン粉末150gを実施例3に従って白油(ホワイトオイル)1kgに溶解して15%紡糸溶液とした。次いで実施例3と同様に操作した。1:9の最終延伸後に得られたフィラメントは、3.8%の伸びにおいて125Rkmの強度及び3.8%の伸びであった。個々のフィラメント繊度は1.8デニールであった。」との各記載があること、甲第8号証の2に記載されている実施例1の全延伸倍率は9倍、実施例2のそれは約9倍、実施例3のそれは7.92倍であることが認められる。

(二)  甲第8号証の2に「2.新しく紡糸したヤーンを2段階で、即ち、第1段階では90~105℃の温度で延伸し、第2段階では110℃以上の温度で最終延伸することを特徴とするクレーム第1項の方法」(クレーム2)と記載されていることは当事者間に争いがなく(なお、上記「最終延伸」の独語原文は“zu Ende verstreckt”である。)、また、同号証には「紡糸した糸は2段階で延伸できる。即ち、第1段階では90~105℃の温度で延伸を行い、第2段階では110℃~軟化点近傍の温度で最終延伸(zu Ende verstreckt)を行う。」(2欄44行ないし49行)と記載されていることが認められ、これらの事実によれば、甲第8号証の2の方法は紡糸した糸を二段階で延伸するものであると認められる。

ところで原告は、甲第8号証の2の実施例4に記載されている「最終延伸」(einer Endverstreckung)はクレーム2における第二段階(Zweiten Stufe)の延伸に当たる最終延伸(zu Ende verstreckt)に該当するものであること、上記実施例4においては、「紡糸溶液の引続いての操作は実施例3と精確に一致する。」(4欄下から2行ないし5欄1行)と記載されているところ、実施例3には第一段階の延伸として「元の長さの2.4倍に延伸した」と記載されており、また、甲第8号証の2の各実施例には、第一段階及び第二段階における各延伸比(延伸倍率)が明示されているから、実施例4についてだけ、紡糸後第一段階の延伸までの操作が何も記載されていない、というような解釈が成り立つ余地は全くないことを理由として、実施例4においては、紡糸したポリエチレンフィラメント(糸)をまず実施例3の第一段階の延伸と同じく2.4倍の延伸を行い、次いで第二段階で1:9、即ち9倍の最終延伸を行って、合計21.6倍の延伸を行ったことは極めて明白である旨主張する。

しかし、甲第8号証の2のクレーム2や2欄44行ないし49行において第二段階の延伸に当たる「最終延伸」として用いられている独語原文は“zu Ende verstreckt”であるのに対し、実施例4において「最終延伸」として用いられている独語原文は“einer Endverstreckung”であって相違していること、甲第8号証の2における“Die weitere Verarbeitung der Spinnlosung entspricht genau dem Beispiel 3.”が「紡糸溶液の引続いての操作は実施例3と精確に一致する。」という意味を有するものであるとしても、前記認定のとおり、実施例3の第一段階の延伸倍率は2.4倍、第二段階の延伸は3.3倍、全延伸倍率は7.92倍であって、実施例4に示されている「1:9」というのは実施例3における全延伸倍率より高いものであるから、延伸倍率については「精確に一致」していないことは明らかであり、原告自身、第二工程の延伸倍率については実施例3と異なるものとしながら、その場合でもなお、第一段階の延伸倍率についてだけは実施例3と同じものと解さなければならない必然性ないし合理的理由を認め難いこと(これに反する甲第26号証の記載は採用できない。)、甲第8号証の2に記載されている実施例1の全延伸倍率は9倍、実施例2のそれは約9倍、実施例3のそれは7.92倍であるところ、仮に実施例4の全延伸倍率が21.6倍とすると、他の実施例の場合と比べて際立って高率のものとなり、「低圧法による高分子量の脂肪族ポリオレフィンの細いフィラメントの製造法」に係る甲第8号証の2の発明において、フィラメントの延伸倍率が重要な要素であることは明らかであるのに、上記のように他と著しく均衡を失するものを実施例として何らの説明もなく挙示するとは考えられないこと、甲第8号証の2の実施例1ないし3について、第一段階及び第二段階の各延伸倍率が明示されているわけではなく、実施例2の第二段階の延伸倍率は明示されていないこと、甲第8号証の2の実施例4と甲第8号証の1の実施例Ⅴとは、原料、製造方法、得られたフィラメントの物性(強度、伸び、繊度)において全く同一であるところ、前記1で判示したとおり、甲第8号証の1の実施例Ⅴにおけるトータル延伸比は9倍と認められることを総合すると、甲第8号証の2の実施例4に記載されている延伸比「1:9」が第二段階の延伸のみにおけるものとは認められず、「1:9の最終延伸」は、延伸工程全体を通しての最終的な延伸比、即ち全延伸倍率を示すものと認めるのが相当である。

(三)  甲第8号証の2の実施例2は、分子量150,000、紡系溶液濃度12%、引張強度70Rkm、伸び15%、繊度3デニールであるのに対し、実施例4は、分子量150,000、紡糸溶液濃度15%、引張り強度125Rkm、伸び3.8%、繊度1.8デニールであるところ、原告は、請求の原因五2(二)のとおり、実施例4において、第一段階の延伸と第二段階の延伸(最終延伸)の二段階の延伸によって合計21.6倍の延伸が行われたことは、実施例2と実施例4とを比較することによって理解することができる旨主張する。

甲第9号証(九州大学工学部梶山千里教授の「西独特許1024201号に対する意見」と題する書面)には、紡糸した糸を延伸した場合、延伸比が増すほどその延伸比の増加に対応してフィラメントの引張強度が増すとともに、伸びが小さくなり、繊度が低くなる(フィラメントが細くなる)ことは高分子化学、繊維化学の分野において周知であり、甲第8号証の2の実施例2と実施例4とは、紡糸溶液濃度及び原料ポリエチレンの分子量が同じであるにもかかわらず、実施例4に記載されたポリエチレン延伸フィラメントの物性は、実施例2の延伸フィラメントに比べて、引張強度が約2倍大きく、伸びは約1/4と小さく、繊度は約1/2と低い(細い)から、実施例4の延伸フィラメントの延伸比が実施例2の延伸フィラメントよりも大きいことは極めて明白であって、9倍を相当大きく越えることは上記周知事実から当然判断し得るとしたうえ、実施例4では最初に実施例3と同じく2.4倍に延伸し、その後1:9の最終延伸を行ったことは明らかであるから、実施例4の延伸比は合計で2.4×9=21.6倍延伸されていると判断することも可能である旨記載されていることが認められる。また、甲第16号証(同教授の「実験報告書(平成6年5月12日)の結果に基づく西独特許第1024201号に対する意見」と題する書面)には、原告の実験報告書(甲第15号証)に示された実験結果から、実験-2(実施例4の追試)で得られた延伸フィラメントは、それと同一延伸比の実験-1(実施例2の追試)及び実験-3(実施例4の追試)で得られた延伸フィラメントと比べて、強度及び伸びの相違はそれほど顕著ではなく、延伸フィラメントの強度及び伸びを決める最大の要因はノズルから押出されるフィラメント(原糸)の繊度ではなく延伸比であることが判る旨、甲第8号証の2の実施例2と実施例4の延伸フィラメントの強度及び伸びの違いは延伸比が大きく違うことによると考える方が高分子化学、繊維化学の分野に携わる者にとって極めて自然である旨、そして結論として、甲第8号証の2の実施例4に記載されたポリエチレン延伸フィラメントの全延伸比は9倍を大きく超えるものと考えるのが自然であり、実施例1ないし3の記載を参考にすると21.6倍と判断するのが適当である旨記載されていることが認められる。さらに、甲第20号証(同教授の「西独特許第1024201号及びスイス特許第359514号に対する意見」と題する書面)には、甲第8号証の2の実施例4に記載されたポリエチレン延伸フィラメントの延伸比は9倍を相当大きく越えると判断するのが相当であり、その延伸比は各実施例の記載から21.6倍であると判断することもできる旨記載されていることが認められる。

しかし、上記(二)に判示したところに加えて、甲第8号証の2の実施例2及び実施例4に記載された紡糸延伸条件で、フィラメントの強度、伸び、繊度がどのようになるかを調べるために行われた実験(追試)の報告書である甲第15号証に記載されているフィラメントの物性(強度及び伸び)は甲第8号証の2に記載されているものと大幅に相違している(例えば、甲第8号証の2の実施例2の追試である実験-1の合計延伸比が9倍である場合と、甲第8号証の2の実施例2(合計延伸比9倍)とを比較すると、伸びは15%と両者一致するが、強度については、実験-1は20Rkmであるのに対し、実施例2は70Rkmと大幅に相違する。また、甲第8号証の2の実施例4の追試に関していえば、紡糸時の溶液の吐出量を全体で実施例2と同一にした実験-2の強度は26Rkm、伸びは14%、紡糸時の溶液の吐出量を1穴当たりで実施例2と同一にした実験-3の強度は17Rkm、伸びは12%であって、甲第8号証の2の実施例4の強度(125Rkm)、伸び(3.8%)と著しく相違している。)から、甲第16号証がその根拠とする甲第15号証の実験結果は、甲第8号証の2の実施例2及び実施例4についての正確な追試であるとは認められないこと、甲第16号証記載の意見は、甲第15号証の実験-1、実験-2及び実験-3で得られた延伸フィラメントの強度及び伸びの相違はそれほど顕著ではないとし、延伸フィラメントの強度及び伸びを決める最大の要因は延伸比であることを前提としているが、合計延伸比がいずれも9倍である場合の強度は、実験-1が20Rkm、実験-2が26Rkm、実験-3が17Rkmであって、それぞれの差を小さいものと一概に評価することはできないから強度に顕著な相違がないことを前提として延伸フィラメントの強度を決める要因が繊度ではなく延伸比であるとたやすく即断することはできないことを総合すると、甲第9号証、甲第16号証及び甲第20号証に記載されている甲第8号証の2の実施例4の延伸比に関する見解はたやすく採用することができない。

(四)  更に原告は、甲第8号証の2の実施例4においては、請求の原因五2(三)に記載のとおりの計算式によって延伸比21.12という計算値が得られることを根拠として、このことからいっても、21.6倍の延伸が行われたことが裏付けられる旨主張する。

甲第10号証(東京工業大学奥居徳昌教授の「ポリエチレン延伸フィラメントの延伸比に対する意見」と題する書面)にその根拠をおくものと認められる原告の計算式は、

延伸比(λ)=A0/A1

A0:紡糸ノズルから押出された直後のフィラメント

(未延伸フィラメント)の断面積

A1:延伸フィラメントの断面積

ここで、A0=紡糸溶液濃度(容積分率)×紡糸ノズル断面積

という紡糸口金でのフィラメント断面積と延伸フィラメントの断面積を比較するものであるから、この延伸比の計算値は、延伸工程以外の工程、即ち凝固浴や溶媒抽出浴での伸び(ドラフト)も含まれてしまうものである。ちなみに、甲第10号証には、「延伸比は紡糸ドラフトがなされていれば、そのドラフト比も含んだ値として計算される。」と記載されている。しかし、本件発明における延伸比には前記1(一)で判示したとおり、紡糸や冷却工程でのフィラメントの伸び(紡糸ドラフト)は含まれないものであるから、甲第8号証の2につき本件発明との対比を行うについて、上記の延伸比(λ)=A0/A1という算定式を用いて計算する方法は相当ではない。また、延伸比とは延伸後の長さと延伸前の長さとの比であるから、延伸前後のフィラメントの断面積比になるが、延伸前の断面積を紡糸直後の断面積に置き換えるとすると、紡糸直後と延伸前との間に延伸以外のものに伴って生ずる断面積変化、例えば凝固や溶融抽出でのフィラメントの密度変化に伴う断面積変化を無視することになる。さらに、上記計算式は、紡糸ノズルから押出された直後のフィラメントの断面積を紡糸溶液濃度(容積分率)×紡糸ノズル断面積とするものであるが、そのように仮定する根拠が明らかではなく、また、ノズル近傍での紡糸溶液の変形が考えられることを考慮すると、この仮定は技術的根拠を欠くものといわざるを得ない。

したがって、原告の計算値(21.12)は合理的根拠を有するものとは認め難く、この数値を根拠として、甲第8号証の2における「1:9」が第二段階の延伸比であると認めることはできない。

よって、原告の上記主張は採用できない。

(五)  甲第21号証の1(アーヘン工科大学H.ヘッカー教授の鑑定書)には、甲第8号証の2の実施例4の全延伸倍率は9倍をかなり大きく越え、ほぼ22倍になる旨記載されているが、その理由は、前記甲第16号証に記載されているところと格別異なるところはなく、叙上判示したところに照らして採用することができない。

乙第6号証(エバ・ブライントルヒラー博士の「ドイツ特許庁の特許公報第1024201号(発行日1962.12.6)に関する言語学的所見」と題する書面)には、「術語“最終延伸”(最後まで延伸する、再度延伸する、最終段通過後の延伸と同義)は、この特許公報において、一貫して、2段延伸プロセスの第2段の意味である。第1段は、概ね、術語「前延伸」で示される。」との記載があるが、一方、「最終延伸のみで1:9なる数値は、特許公報のどこにも証明されていない。」、「1:9の延伸倍率は、延伸(第1及び第2段)の合計値以外のものではない。」との記載もあって、その記載内容は必ずしも明確であるとは認め難く、同号証をもって、甲第8号証の2の実施例4の延伸比が11以上であると認め得る資料とすることはできない。

他に、甲第8号証の2の実施例4の延伸比が11以上であることを肯認し得る証拠はない。

(六)  以上のとおりであって、甲第8号証の2には、「少なくとも11以上の延伸比で延伸する」ことが記載も示唆もされておらず、本件発明は甲第8号証の2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない、とした審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  取消事由3について

甲第8号証の2の実施例4において、合計11倍を超える延伸が行われているものと認め難いことは、上記2において判示したとおりであるから、取消事由3は理由がない。

三  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき違法はない。

よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成2年審判第7328号

審決

東京都千代田区霞が関3丁目2番5号

請求人 三井石油化学工業株式会社

東京都港区赤坂1-9-15 日本自転車会館内

代理人弁理士 小田島平吉

東京都港区赤坂1-9-15 日本自転車会館 小田島特許事務所

代理人弁理士 米倉章

東京都港区赤坂1-9-15 日本自転車会館内 小田島特許事務所

代理人弁理士 江角洋治

東京都千代田区丸の内3丁目4番1号 新国際ビル906区

代理人弁護士 花岡巌

オランダ国ゲリーン

被請求人 スタミカーボン ビー ベー

東京都新宿区新宿1丁目1番14号 山田ビル 川口国際特許事務所

代理人弁理士 川口義雄

東京都新宿区新宿1-1-14 山田ビル 川口國際特許事務所

代理人弁理士 中村至

東京都新宿区新宿1-1-14 山田ビル 川口国際特許事務所

代理人弁理士 船山武

東京都新宿区新宿1-1-14 山田ビル 川口國際特許事務所

代理人弁理士 俵湛美

東京都新宿区新宿1丁目1番14号 山田ビル 川口國際特許事務所

代理人弁理士 坂井淳

上記当事者間の特許第1447082号発明「引張り強さと弾性率が共に大きいポリオレフインフイラメント及びその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.(本件発明)

本件特許第1447082号発明(以下、「本件発明」という.)は、1979年2月8日オランダ国においてなされた出願に基づく優先権を主張して昭和55年2月7日に出願(特願昭55-14245号)され、昭和60年10月24日に出願公告(特公昭60-47922号)され、昭和63年6月30日に設定登録がされたものである。

そして、その発明の要旨は、下記Ⅳで詳述する理由により、出願公告され、昭和61年12月13日付手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「濃度1~30重量%の加熱高分子量ポリオレフィン溶液を溶液紡糸して溶液状態のフィラメントをえ、直ちに該溶液状フィラメントを、積極的には溶媒の除去を行わずに、溶解温度以下に冷却することによってゲルフィラメントとし、得られたポリオレフィンゲルからなるゲルフィラメントを延伸するにあたって該ゲルフィラメントが該ポリオレフィンに対して少なくとも25重量%の溶媒を含んだ条件下に、少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得ることを特徴とする引張り強さと弾性率が共に大きい延伸されたポリオレフィンフィラメントを製造する方法。」

Ⅱ.(請求人の主張)

これに対して、請求人は、「特許第1447082号の特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として主張しているところを要約すると次のようになる。

無効理由(その1)

1.本件発明は、出願公告された後、昭和61年12月13日付手続補正書、及び昭和62年9月16日付手続補正書によって補正された明細書及び図面に基づいて特許権が設定登録されているが、これらの手続補正は、それぞれ、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、及び明瞭でない記載の釈明のいずれをも目的とするものではなく、かつ、出願公告された明細書の特許請求の範囲に記載された発明の構成に欠くことのできない事項を実質上拡張又は変更するものであるから、特許法第64条第1項、及び同条第2項で準用する第126条第2項の規定に違反したものであって、本件特許は,特許法第42条の規定に基づき、これらの補正がなされなかった特許出願、すなわち出願公告された出願について特許がされたものとみなされる。

2.前記の理由により補正がなされなかったものとみなされる特許出願の発明は、甲第3号証の1、甲第3号証の2、甲第11号証、及び甲第13号に記載された発明であるか、あるいはそれらに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができない。

無効理由(その2)

1.もし、昭和61年12月13日付手続補正書による補正が認められても、昭和62年9月16日付手続補正書による補正は特許法第64条第1項、及び同条第2項で準用する第126条第2項の規定に違反したものであるから、本件発明は、特許法第42条の規定に基づき、昭和62年9月16日付手続補正書による補正がなされなかった特許出願、すなわち昭和61年12月13日付手続補正書によって補正された出願について特許がされたものとみなされる。

2.前記の理由により昭和62年9月16日付手続補正書による補正がなされなかったものとみなされる特許出願の発明は、以下(1)~(3)の理由により無効とされねばならないものである。

(1)昭和62年2月2日付拒絶理由通知書の拒絶理由が解消されておらず、本件発明は、甲第3号証の1、又は甲第4号証に記載された発明であるか、あるいはそれらに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができない。

(2)請求人が、重量平均分子量(Mw)が67万のポリエチレンを用いて本件特許発明の方法を追試したところ、本件特許発明で規定する引張り強さ1.32GPa以上及び弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得ることは到底不可能であることが明らかとなった。このように、本件特許発明には、実施不能の態様が含まれており、仮に重量平均分子量67万のポリエチレンを用いて本件特許発明を実施し得るとするならば、そのような実施可能な条件は本件特許明細書に当業者が容易に実施し得る程度に開示されていないと言わねばならない。したがって、本件特許は、特許法第29条柱書の要件を欠くか、あるいは第36条第3項及び第4項の規定に違反するものである。

(3)本件特許発明に、甲第3号証の2、甲第11号証、及び甲第13号証に記載された発明に基づいて、あるいはこれらと周知技術(甲第9号証、甲第10号証等)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

無効理由(その3)

1.もし、昭和61年12月13日付手続補正書による補正、及び昭和62年9月16日付続補正書による補正のいずれもが認められても、本件特許発明は、以下の(1)及び(2)の理由により無効とされねばならないものである.

(1)本件特許明細書の特許請求の範囲のポリオレフィンに関する「分子量60万以上」という分子量の下限の特定、及び「全延伸倍率」について本件特許明細書には何らの説明も記載されていないので、同明細書には、当業者が容易にその発明を実施することができる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されておらず、特許請求の範囲に、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものとはいえないので、本件特許は、特許法第36条第3項及び第4項の規定に違反している。

(2)本件特許発明は、甲第3号証の2、甲第11号証、及び甲第13号証に記載された各発明に基づいて、あるいはこれらと周知技術(甲第9号証、甲第10号証等)、更には参考資料4、5、及び甲第16号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

これらの主張のために請求人から提出された甲各号証及び参考資料は以下のとおりである。

証拠方法

甲第1号証の1 本件公告公報(特公昭60-47922号公報)

甲第1号証の2 本件訂正公報(上記本件公告公報に係る昭和63年9月13日発行の特許法第64条の規定による訂正公報)

甲第2号証 本件特許の公開公報(特願昭55-107506号公報)に第1回手続補正書ないし第5回手続補正書による各補正事項を書き込んだもの(補正の経緯を書き込んだ本件公開公報)

甲第3号証の1 米国特許第3,048,465号明細書(1962年8月7日発行)

甲第3号証の2 西独特許第1,024、201号明細書(1962年12月6日発行)

甲第4号証 特公昭40-20486号公報

甲第5号証 特公平1-24887号公報

甲第6号証 東京地方裁判所平成元年(ワ)第5663号特許権侵害禁止等請求事件における被告(本件審判請求人)の平成2年1月26日付求釈明申立書の写し

甲第7号証 上記訴訟事件における原告(本件審判の被請求人)の第三準備書面の写し

甲第8号証 実験報告書(平成元年12月29日付 八木和雄作成)

甲第9号証 Journal of Polymer Science:part A-2,Vol.9、第67-72頁(1971)

甲第10号証 Journal of Applied Polymer Science:Vol.8、第2359-2379頁(1964)

甲第11号証 特公昭37-9765号公報

甲第12号証 甲第13号証の刊行物の受入れ証明書(証明者:東京医科歯科大学附属図書館館長 佐々木哲)

甲第13号証 Interscience Publishers 1967年発行、“Journal of Applied Polymer Science Applied polymer Symposia”、No.6(1967)第109-149頁

甲第14号証の1実験報告書(平成元年6月10日付 八木和雄作成)

甲第14号証の2実験報告書(平成元年11月3日付 八木和雄作成)

甲第15号証 特公昭41-21565号公報

甲第16号証 英国特許第1,100,497号明細書(1968年1月24日発行)

参考資料1 本願(特願昭55-14245号)に関する昭和62年2月2日付拒絶理由通知書の写し

参考資料2 “Journal of Applied Polymer Science,Polymer Physics Edition”,Vol.14、第1641-1644頁(1976)

参考資料3 特公昭64-8732号公報

参考資料4 「Plastics age」1976年8月号、第64-65頁

参考資料5 「ラバーダイジェスト、Rubber & Plastics」1963年12月号、第2-3頁

Ⅲ.(被請求人の主張)

一方、被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として主張しているところを要約すると次のとおりである。

1.出願公告決定の謄本の送達後になされた補正の適否の判断はいわゆる直前明細書を基準とすべきであり、請求人は、これを出願当初の明細書とする誤りを冒している。しかも、かかる補正の適否は明細書の要旨変更の有無で決まるものではなく、あくまで特許法第64条各項の規定に基づいて決すべきものである。

(上記被請求人の主張は、審判請求理由補充書における請求人の主張に対するものであるが、請求人は、その後弁駁書において前記無効理由(その1)の1.のように、公告後の補正について、公告された明細書を基準として特許法第64条の規定に違反する旨の主張を行っている。)

2.「本件特許明細書には、実施不能の態様が含まれている。」として請求人が提出した甲第8号証の実験報告書で採用された実験条件には、以下(1)及び(2)の不備がある。

(1)極限粘度の値から重量平均分子量への換算をR.Chaingの式を用いて行っているが、該式は重量平均分子量3~30万の範囲において適用可能とされている(乙第1号証)ものであり、これを67万にまで拡張するのは適当でない。

また、この実験ではポリエチレンに分別操作が加えられた形跡がないにもかかわらず、乙第1号証に記載された2種の関係式の内、分別ポリマーに適用されるべき式が計算に使用されている。

(2)この実験では、延伸浴の媒体として、ポリエチレンに対する溶媒であるn-デカンが使用されているが、このような延伸媒体の選択は非常識である。

3.本件特許発明は、甲第3号証の2、甲第11号証、及び甲第13号証に記載された発明でもないし、これら甲各号証に記載された発明に基づいて、あるいはこれらと周知技術(甲第9号証、甲第10号証等)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

これらの主張のため、被請求人から提出された乙号証は以下のとおりである。

証拠方法

乙第1号証 J.Polymer Sci.,Vol.36、第91-103頁(1959)

Ⅳ.(補正の特許法第64条の適否)

A(出願公告から登録までの経緯)

1.本件は、昭和60年10月24日に出願公告されたが、この際の特許請求の範囲には、以下のとおりのポリオレフィンフィラメントを製造する方法に関する発明が記載されていた。

「(1)濃度1~30重量%の加熱ポリオレフィン溶液を溶液紡糸して溶液状態のフィラメントをえ、直ちに該溶液状フィラメントを、積極的には溶媒の除去を行わずに、溶解温度以下に冷却することによってゲルフィラメントとし、得られたポリオレフィンゲルからなるゲルフィラメントを延伸するにあたって該ゲルフィラメントが該ポリオレフィンに対して少なくとも25重量%の溶媒を含んだ条件下に、少なくとも10以上の延伸比で延伸することを特徴とする引張り強さと弾性率が共に大きい延伸されたポリオレフィンフィラメントを製造する方法。」

2.これに対して特許異議申立が二件あり、これに伴って、昭和61年12月13日付の手続補正書で、明細書第13頁第17行(公告公報の第7欄第6行乃至第7行)の「ポリオレフィン」が「分子量約600,000以上の高分子量ポリオレフィン」と補正されるとともに、特許請求の範囲が次のように補正された。

「(1)濃度1~30重量%の加熱高分子量ポリオレフィン溶液を溶液紡糸して溶液状態のフィラメントをえ、直ちに該溶液状フィラメントを、積極的には溶媒の除去を行わずに、溶解温度以下に冷却することによってゲルフィラメントとし、得られたポリオレフィンゲルからなるゲルフィラメントを延伸するにあたって該ゲルフィラメントが該ポリオレフィンに対して少なくとも25重量%の溶媒を含んだ条件下に、少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得ることを特徴とする引張り強さと弾性率が共に大きい延伸されたポリオレフィンフィラメントを製造する方法。」

3.その後、審査官による昭和62年2月2日付の拒絶理由通知に対して昭和62年9月16日付で手続補正書が提出され、次のように特許請求の範囲が補正された。

「(1)濃度1~30重量%の加熱した分子量60万以上のポリオレフィン溶液を溶液紡糸して溶液状態のフィラメントを得、直ちに該溶液状フィラメントを、積極的には溶媒の除去を行わずに、溶解温度以下に冷却することによってゲルフィラメントとし、得られたポリオレフィンゲルからなるゲルフィラメントを延伸するにあたって該ゲルフィラメントが該ポリオレフィンに対して少なくとも25重量%の溶媒を含んだ条件下に延伸を開始し、延伸の最終段階で少なくとも大部分の溶媒がなくなるように溶媒を除去しながら、全延伸倍率が少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得ることを特徴とする引張り強さと弾性率が共に大きい延伸されたポリオレフィンフィラメントを製造する方法。」

そして、この手続補正書によって補正された明細書及び図面により設定登録されている。

B(補正の特許法第64条の適否)

本件無効審判の対象となる特許発明を確定するために、請求人の申立事由の第一の主張である出願公告後の補正が特許法第64条の規定に違反しているかどうかの点について検討する。

1.昭和61年12月13日付補正について

まず、発明の詳細な説明に記載された「本発明の方法はポリオレフィン好ましくはポリエチレン殊に高分子量ポリエチレンのフィラメントの製造に、適するものである。」(甲第1号証の1(本件公告公報)第7欄第6行乃至第9行)の「ポリオレフィン」を「分子量約600,000以上の高分子量ポリオレフィン」とする補正事項が、特許法第64条第1項に規定された特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、及び明瞭でない記載の釈明のいずれかを目的とするかどうかについてみると、この補正事項によって「ポリオレフィン」の分子量の範囲が限定され、その点で「ポリオレフィン」に関する技術的事項が明瞭化されたのであるから、当該補正事項は、少なくとも、明瞭でない記載の釈明を目的とするものといえる。

次に、当該補正事項が、特許請求の範囲を実質上拡張又は変更するかどうかについてみる.出願公告された明細書には、上記のとおり、ポリオレフィンの分子量に関して、「本発明の方法はポリオレフィン好ましくはポリエチレン殊に高分子量ポリエチレンのフィラメントの製造に、適するものである.」(甲第1号証の1(本件公告公報)第7欄第6行乃至第9行)と記載されており、この「高分子量」の範囲が、ポリエチレンでは50万程度以上を意味することは本件出願の優先権主張日当時の技術水準に徴して明らか(本体の審査過程で出願人(本件の被請求人)が提出した特開昭50-91684号公報、及び特開昭55-28896号公報参照.)である.そうすると、出願公告された明細書の当該箇所には、「ポリオレフィン」として、「分子量50万以上の高分子量ポリオレフィン」を用い得ることが実質的に記載されていたものということができ、この補正事項は、分子量範囲が更に限定された「約60万以上」のポリオレフィンがフィラメントの製造に適することを示したにすぎないものであるから、これにより、明細書の当該箇所の記載に対応する特許請求の範囲の「ポリオレフィン」に関する技術的事項が拡張又は変更されるものとはいえない.

そして、この補正には更に、特許請求の範囲に記載された「ポリオレフィン」を「高分子量ポリオレフィン」に、「少なくとも10以上の延伸比」を「少なくとも11以上の延伸比」に、「延伸する」を「延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る」に、それぞれ補正することが含まれているが、補正後の各事項はいずれも出願公告された明細書に明示されており、補正によってそれぞれの意味するところが拡張または変更されるものではないので、これらの補正事項によっても、特許請求の範囲が拡張または変更されるものとはいえない。

したがって、昭和61年12月13日付手続補正が特許法第64条の規定に違反するものとすることはできない。

2.昭和62年9月16日付補正について

この補正により、特許請求の範囲の延伸比に関する記載が、「全延伸倍率が少なくとも11以上の延伸比」と補正された。この「全延伸倍率」という用語は、出願公告された明細書に記載されておらず、これを示唆する記載も見いだせない。また、一般的にみてこの用語自体の技術的概念も明瞭ではない。

請求人はこの点に関し、甲第6号証及び甲第7号証を提出し、本件特許発明(昭和62年9月16日付で補正されて設定登録された発明)及び類似の特許発明に係る特許権侵害禁止等請求事件(東京地方裁判所平成元年(ワ)第5663号)において被告(本件審判事件の請求人)の求釈明申立書(甲第6号証)に対する原告(本件審判事件の被請求人)の第三準備書面(甲第7号証)中で、原告(本件審判事件の被請求人)が、本件特許発明の「全延伸倍率」が紡糸ドラフト率と延伸比との積を意味するものであると釈明したと主張している。

そこでこれら甲号証についてみると、甲第6号証には次の被告の求釈明事項が、甲第7号証にはこれらいずれに対しても「然り。」とする原告の回答が記載されている。

「一 甲発明の特許請求の範囲(甲第三号証)に記載されている「全延伸倍率」の要件についても、丙発明の「全延伸倍率」と全く同じ解釈を主張するのか。(中略)

三 甲第五号証(丙発明)の実施例Ⅴには、「紡糸時フィラメントに紡糸ドラフトをかけ(紡糸ドラフト率10倍)、前記の方法をくり返した.用いた製造条件および得られたフィラメントの物性を第3表に示す」

とあり、その第3表では「延伸比(倍)」として「二四」「一八」という記載がある.全延伸倍率についての原告の回答によれば、右実施例で得られたフィラメントの全延伸倍率は「二四〇」「一八〇」となるが、そう理解して良いか.」

なお、請求人は、甲第6号証でいう「甲発明」が、本件特許発明(昭和62年9月16日付で補正されて設定登録された発明)であるとしているが、被請求人は、この点について明確に争わないので、甲第7号証は、本件特許発明に関する甲第6号証の求釈明に対する被請求人の釈明を示したものと認定する.

甲第6号証、及び甲第7号証の記載に基づき、請求人の上記主張の当否を検封する。

甲第6号証の上記第三項には、「全延伸倍率についての原告の回答」の内容は示されていないが、記載された各数値からみて、原告の回答が、「全延伸倍率は紡糸ドラフト率と延伸比(倍)との積を意味する」との内容であることは明らかである.そして、丙発明についてその解釈が適用されるかとの釈明を求めた被告の求釈明申立に対して原告がこれを認める旨回答し、かつ、甲発明の「全延伸倍率」の要件についても丙発明の「全延伸倍率」と全く同じ解釈を主張する旨回答しているところから、請求人が主張するとおり、原告(本件審判事件の被請求人)は甲発明、即ち昭和62年9月16日付で補正されて設定登録された本件特許発明について、「全延伸倍率」が紡糸ドラフト率と延伸比との積を意味するものであると釈明したものと認められる.

したがって、昭和62年9月16日付手続補正書による補正によって本件明細書に加入された「全延伸倍率」という用語は、「紡糸ドラフト率と延伸比との積」と解釈する。

ところで、出願公告された本件明細書の記載内容を精査しても、紡糸ドラフトに関する記載は一切見いだせず、延伸の時期については、紡糸後のフィラメントについて行われることを示す記載(第1号証の1、第3欄第23行乃至第31行、第4欄第12行乃至第21行、及び第7欄第29行乃至第37行)が見いだせるのみである.このことからみて、同明細書の特許請求の範囲に記載された「延伸比」には、紡糸ドラフト率は含まれておらず、紡糸後のフィラメントの延伸比のみを意味するものと解される。また、前記甲第6号証の第三項の記載にみるように、紡糸ドラフト率を10倍程度とすることは当業界で通常行われていることである。

そうすると、昭和62年9月16日付の手続補正書によって補正された明細書の特許請求の範囲に記載された「全延伸倍率が少なくとも11以上の延伸比で延伸」とは、「紡糸ドラフト率×(紡糸後の)延伸比が少なくとも11以上の延伸比で延伸」を意味することとなり、紡糸ドラフト率を通常の10倍程度とすれば、「延伸比が少なくとも1.1倍程度以上(の延伸比)で延伸」を実質的に意味することとなる。

してみれば、明細書の特許請求の範囲を「全延伸倍率が少なくとも11以上の延伸比で延伸」とする補正事項を含む当該補正によって、出願公告された明細書の特許請求の範囲の「少なくとも10以上の延伸比で延伸」という記載における延伸比の範囲が大幅に拡張されたこととなるので、当該補正は、特許請求の範囲を実質的に拡張するものであり、特許法第64条第2項で準用する第126条第2項の規定に違反するものである.

上述のとおり、昭和62年9月16日付手続補正は特許法第64条に違反するものであるので、特許法第42条の規定により、本件発明は、この補正がなされなかった特許出願について特許がなされたものとなり、昭和61年12月13日付手続補正は特許法第64条の規定に違反するものではないので、本件発明の要旨は上述のⅠで認定したとおりとなる。

Ⅴ.(無効理由の有無)

前記のとおり、本件発明は、昭和62年9月16日付手続補正書による補正がなされなかった特許出願、すなわち出願公告され、昭和61年12月13日付手続補正書によって補正された出願について特許がされたものとなるので、以下に、無効理由(その2)の1.~3.の点について検討する.

1.「昭和62年2月2日付拒絶理由通知書の拒絶理由が解消されていないので、本件発明は甲第3号証の1又は甲第4号証に記載された発明であるか、又はそれらに基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができない.」とする点。

昭和62年2月2日付拒絶理由の主旨は、参考資料1からみて、

「この出願は、明細書及び図面の記載が下記1の点で不備と認められるから、特許法第36条第3項、第4項及び第5項に規定する要件を満たしていない.

1、特許請求の範囲には本願発明の目的である、ある特定の特性を有するポリオレフィンフィラメントを製造する方法の発明が明確になっているものとは認められない。」

というにあり、この「明確になっていない」点について、特定の分子量のポリオレフィンを用いること、高倍率の延伸を可能にする延伸条件などの構成が明確にならなければ、本願発明と異議の証拠(米国特許第3,048,465号明細書および特公昭40-20486号公報)に記載された発明との関係が明確でない、との指摘がなされている.

即ち、この拒絶理由は、特許法第36条第3項、第4項及び第5項の規定に基づくものであって、特許法第29条の規定に違反するとの主旨ではないが、請求人は実質的に、「本件発明は米国特許第3,048,465号明細書(甲第3号証の1)および特公昭40-20486号公報(甲第4号証)に記載された発明であるか、又はそれらに基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができない.」との主張を行っているものと認められるので、以下、そのように解釈して請求人の主張の当否を検討する.

いずれも本件出願の優先権主張日前に頒布されたことが明らかな甲第3号証の1及び甲第4号証に記載されている内容は以下のとおりである。

甲第3号証の1

「分子量が少なくとも600,000のポリオレフィンの有機溶剤の紡糸溶液を紡糸し、フィラメントから該溶剤を抽出し、フィラメントを繊維に配向させるために延伸するポリオレフィンフィラメントの製造方法において、該ポリオレフィンを重量で約10%ないし18%を越えない範囲で含む該ポリオレフィンの紡糸溶液を押出し、少なくとも5cmの空間を通して該ポリオレフィンと溶剤の両方に不活性な液状媒体からなる固化浴に通し、約0℃ないし30℃の温度に保持された該液状媒体中で、本質的に溶剤を抽出することなしに紡糸されたフィラメントを冷却固化し、該ポリオレフインには不活性であるが該有機溶剤とは混和する液体を含む第二の浴でフィラメントから溶剤を抽出し、溶剤を抽出したフィラメントを延伸する方法。」(クレーム第1項、第7欄第62行ないし第8欄第3行)、

延伸時の溶媒含量について、「溶媒の含量は、好適には、フィラメントの破壊を防止するために、当初の約80%又はそれ以上から最初の抽出時において70%以下、通常は50%附近に減少させる」(第4欄第61行乃至第65行)こと、

延伸比について、「最初の溶媒抽出に次いで、フィラメントを約90乃至約105℃の温度で紡糸フィラメントの元の長さの1.5乃至3倍の量だけ延伸する。(中略)次いで、このフィラメントを、高温で、好適には少なくとも110℃でしかもフィラメントの軟化点以下の温度で、第二延伸前のフィラメント長さの2乃至6倍だけ再度延伸する」(第4欄第31行乃至第42行)こと、及び、「第二段階の溶剤抽出後の最終延伸は、極く普通には、さらに3~6倍伸張され、そして、元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えないものである.本方法においては、高度の延伸あるいは伸張が可能であり、それにより非常に小さいデニールのフィラメントを得ることができる」(第5欄第12行乃至第19行)こと。

甲第4号証

「エチレン重合体の加熱した溶液を有形透孔を通じ大気中に押出し、この押出された重合体溶液を約1/8~2inの距離だけ大気中を通過させ、次いでこの押出された溶液を沈澱浴に導いて重合体フィラメントを形成させ、沈澱浴中でフィラメントが形成された時これを最大約10~50%延伸し、次いでフィラメントを沈澱浴から加熱した水性浴に導き、この加熱した水性浴中で最大約50~90%延伸する工程からなるエチレン重合体フィラメントの製造方法。」(特許請求の範囲)、エチレン重合体の分子量について、「エチレン重合体が・・約20.000~200,000の範囲内の分子量を有する」(第4頁右欄下から第3行乃至末行)こと、

重合体の溶液濃度について、「マルレックス50、ポリエチレン(熔融指数0.9)を120℃のキシレンにとかした溶液(固形物25%)を攪拌しながら1時間加熱してドープ溶液」を作る(実施例Ⅰ~Ⅵ)こと、同様に、固形物30%のキシレン溶液からドープ溶液を作ること(実施例Ⅶ~Ⅷ)、

延伸時の繊維からの溶剤の除去について、「熱水延伸浴は延伸に対して最適の媒体を提供する以外に繊維から残留溶剤の本質的全部を除去するのに役立つ.この残留溶剤は約3%であり、これは急冷浴を通過後も残るものである」(第3頁左欄第38行乃至第42行)こと、及び

最大で、「14g/den」(実施例Ⅰ)の強度のフィラメントが得られること.

甲第3号証の1、及び甲第4号証に記載された発明と本件発明とを対比検討する。

なお、前述のとおり本件出願当時の技術水準からみて、「高分子量のポリエチレン」とは、「分子量50万以上のポリエチレン」を意味するものであり、ポリエチレンは典型的なポリオレフィンであるから、以下、本件発明における「高分子量のポリオレフィン」とは「分子量50万以上のポリオレフィン」と解することとする。

甲第3号証の1の発明との比較

同号証に記載された発明は、ポリオレフィン溶液を溶液紡糸して溶液状のポリオレフィンを得、これを積極的には溶媒の除去を行わずに溶解温度以下に冷却してフィラメントとし、さらに延伸してポリオレフィンフィラメントを製造する点で本件発明と軌を一にしており、ポリオレフィンの分子量、溶液温度、及び少なくとも25%以上の溶媒を含んだ条件下に延伸する点についても本件特許発明と一致するものであるが、本件発明の構成とする「少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る」点については同号証には記載されていない。

同号証には延伸比について「元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えないものである。」と明記されており、ここで「トータル延伸比あるいはトータル伸張比」とは、延伸工程全体を通しての延伸比と解するのが自然であり、延伸が複数回行われる場合には、全ての延伸比の積が「1:9あるいは1:10を越えない」ことが記載されているものとするのが相当である。ゆえに、請求人が主張するように、同号証の「元の長さの1.5乃至3倍の量だけ延伸する。(中略)次いで、このフィラメントを、(中略)第二延伸前のフィラメント長さの2乃至6倍だけ再度延伸する」との記載における2回の延伸の最大延伸比を掛け合わせて、「同号証には3×6=18の延伸比で延伸することが開示されている」などとは到底いうことができない。

また、甲第3号証の1には、本件発明で規定する物性値を具えたフィラメントが得られることも記載されていない。

そして、本件発明は、その実施例の記載からみて、延伸比を11以上とすることにより、フィラメントの物性値に関し顕著な効果が認められる.

従って、本件発明は、甲第3号証の1に記載された発明であるとも、それに基づいて容易に発明をすることができたものであるともいえない。

甲第4号証の発明との比較

同号証に記載された発明は、ポリオレフィン溶液を溶液紡糸して溶液状のポリオレフィンを得、これを溶解温度以下に冷却してフィラメントとし、さらに延伸してポリオレフィンフィラメントを製造する点で本件発明と軌を一にしており、溶液濃度についても本件発明と一致するものであるが、本件発明が「高分子量(分子量50万以上の)ポリオレフィン」を用いるのに対して「約20,000~200,000の範囲内の分子量を有するポリエチレン」を用いている点で、まず両者は相違する。

本件発明は、このような高分子量のポリオレフィンを用い、更には同号証に記載されていない、冷却を「積極的には溶媒の除去を行わずに」行う点、「少なくとも25重量%の溶媒を含んだ条件下に」延伸を行う点、及び「少なくとも11以上の延伸比で延伸」する点を構成とすることにより、明細書に記載された顕著な効果を奏し得たものであるから、甲第4号証に記載された発明ではなく、これから容易に発明をすることができたものでもない。

したがって、本件発明は、甲第3号証の1及び甲第4号証に記載された発明ではなく、これらから容易に発明をすることができたものでもない.2、「実施不能の態様を含んでいる。」あるいは「実施可能な条件の開示がない。」とする点.

請求人が本件発明の方法を追試した実験結果として提出した甲第8号証の実験報告書には、重量平均分子量67万のポリエチレンの8重量%デカリン溶液を紡糸し水中で冷却して得られたデカリン液80%を含むフィラメントを、n-デカン延伸浴を通しながら100℃で延伸比を12~26として延伸するという条件下で実験を行った結果、本件発明で規定する引張り強度、及び弾性率を有するフィラメントは得られなかったことが記載されている.

これについて被請求人は前記Ⅲ 2.(2)で記載したように、この実験で採用された実験条件について、ポリエチレンに対する溶媒であるn-デカンを延伸媒体とすることは非常識であると反論し、請求人は、ポリエチレンに対する溶媒であっても、温度条件等によっては延伸媒体にもなり得ることは当業者にとって常識であり、このことは甲第8号証にも示されている旨主張している。

そこで、まずこの点について検討する.

出願公告後、昭和61年12月13日付で補正された本件明細書には、実施例1に、フィラメントを管状オープンに通して延伸を行うことが記載されており、実施例2及び3もそれぞれ「実施例1の方法に従って」との記載からみて実施例1と同様の延伸方法を用いたものであって、フィラメントを延伸浴に通して延伸を行う実施例は記載されていない。また、同明細書中には、液状の媒体を含む領域にフィラメントを通して延伸し得る旨の記載(甲第1号証の1、第4欄第19行乃至第26行)があるが、この液状の媒体として何を用いるかは同明細書に開示されていない.

そうすると、甲第8号証で採用されたn-デカン延伸浴を通しながら延伸するという実験条件は、本件明細書に具体的に記載されたものではなく、しかも、n-デカンは被請求人がいうとおりポリエチレンに対する溶媒(甲第1号証の1、第6欄第41行乃至第7欄第6行)であって、延伸可能な温度範囲内であっても、n-デカン延伸浴を通すことによりポリエチレンフィラメントの強度等の物性に悪影響が及ぼされることが容易に予測されるので、このような延伸条件で延伸を行うことは、本件発明では、当然回避されるものというべきである。

したがって、甲第8号証で採用された延伸条件を用いることは本件発明の実施態様に含まれていないものであるから、その余の実験条件についてみるまでもなく、同号証の実験報告書は本件特許発明を追試したものとは認められないので、同号証をもって、本件発明が実施不能な態様を含むものとすることはできない.

また、請求人は、重量平均分子量67万のポリエチレンを用いて本件発明が実施し得るとすると、その実施可能な条件は本件明細書には当業者が容易に実施し得る程度に開示されていないと主張しているが、本件明細書には、重量平均分子量150万のポリエチレンを用いた実施例1が記載されており、重量平均分子量67万のポリエチレンを用いる場合にも、この実施例などの記載に準拠して容易に本件発明を実施し得るものと認められるので、請求人のこの主張も理由がない。

3.「本件発明は、甲第3号証の2、甲第11号証、及び甲第13号証に記載された発明に基づいて、あるいはこれらと周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものである」とする点。

(1)証拠刊行物に記載されている事実

まず、各証拠にどのような事実が記載されているのかを検討する.

甲第3号証の2、甲第11号証、及び甲第13号証は、いずれも本件出願の優先権主張日前頒布されたことが明らかな刊行物であって、各甲号証に記載されている内容は以下のとおりである.

甲第3号証の2

「1.パラフィン炭化水素及び/又はナフテン炭化水素から成る油にポリオレフインを溶解した溶液をアルコールまたはエーテルまたはこれらの混合物から成る凝固浴中で紡糸することによって、低圧法で生成した高分子量の脂肪族ポリオレフィンから成る微細なフィラメントを製造する方法において、炭素原子数が2~5の脂肪族オレフィンの重合体を上記の油に溶解して18%以下の濃度で溶解した溶解液とし、次いで紡糸した糸を5~10cmの空間を通過させた後、凝固浴に導入することを特徴とする方法.

2.新しく紡糸したヤーンを2段階で、即ち、第1段階では90~105℃の温度で延伸し、第2段階では110℃以上の温度で最終延

伸することを特徴とするクレーム第1項の方法.」(クレーム)、

ポリオレフィンの分子量について、「低圧法で製造した分子量500,000のポリエチレン」(実施例3)あるいは「低圧法で得られた分子量1,500,000のポリエチレン」(実施例4)を用いること、

フィラメントの冷却については、「20℃のプロパノール凝固浴中に紡糸」(実施例3)すること、

洗浄及び廷伸にについては、「次いでフィラメントを凝固浴から引出し、石油エーテルまたはジエチルエーテルで通常の如く洗浄する。次いで延伸を行い、場合によっては、再び洗浄を行う。この最初の洗浄の後に直ちに延伸を行うことは特に有利である。何故ならば、この延伸によって、可成りの量の溶媒(例えば、白油)がフィラメントから除去されるからである」(第3欄第39行乃至第45行)との記載、

延伸比及び得られたフィラメントの物性については、「もとの長さの2.4倍に延伸した.(中略)得られたフィラメントを延伸撚糸機の熱板(112°)上でもとの長さの3.3倍に延伸した」(実施例3)との記載、及び

「次いで実施例3と同様に操作した.1:9の最終延伸後に得られたフィラメントは、3.8%の伸びにおいて、125RKmの強度及び3.8%の伸びであった。」(実施例4)との記載.

甲第11号証

「少なくとも0.93g/cm3の絶対密度を有する低圧法エチレン重合体を主成分とする組成物を熔融せしめるに際し、その重合体の融点より高い高沸点の添加剤を重合体の重量に対し20~150%の範囲内で共存せしめ、得られた高濃度分散体から第1次繊維状物を形成さし、次いでこの紡出糸中にその5~25%相当量の添加剤を残存せしめたまま元の長さの3~15倍になるように連続的に熱延伸することを特徴とし得られた糸を冷却せしめる低圧法エチレン重合体の紡糸延伸改良法。」

(特許請求の範囲)、

エチレン重合体の分子量について、「分子量の許容範囲は通常25000~100000、方法によっては更にこれ以上のもの迄が対象」とされること(第1頁右欄第18行乃至第22行)、

エチレン重合体への添加剤について「例えばジクロルベンゼン、クロールベンゼン、ニトロベンゼン、キシレン、ソルベントナフサ等の重合体融点より高沸点を有する添加剤」(第2頁左欄第4行乃至第6行)、あるいは「デカリン」(第3頁右欄下から第7行)が使用されること、

添加剤の除去について、「第1次捲取糸中に残存し、可塑剤的役割を果す添加剤は延伸時容易に除去回収することが出来る」(第3頁左欄表下第9行乃至第10行)こと。

甲第13号証

ポリマー:分子量100万の超高分子量のポリエチレン、溶媒:ナフタレン50%、パラフィンワックス50%、ポリマー濃度:5%、紡糸ノズル温度:183℃、洗浄溶媒:石油エーテル、廷伸ファクター:元の長さの3倍の条件下でポリマー溶液の直接紡糸を行うこと(第130頁第5表実験No.24)、

「第Ⅴ表に示す充填剤を含まない繊維のいくつかは洗浄及び熱延伸した。ポリプロピレン及びアクリロニトリル繊維は、溶媒が繊維の中あるいは周囲に未だ含まれる状態で、相当な程度熱延伸できることは興味深い特徴である.」(第129頁第17行乃至第20行)との記載.

(2)証拠との対比判断

(イ)甲第3号証の2について

本件発明と甲第3号証の2に記載された発明とは、ポリオレフィン溶液を溶液紡糸して溶液状のポリオレフィンを得、これを溶解温度以下に冷却してフィラメントとし、さらに延伸してポリオレフィンフィラメントを製造する点で軌を一にしており、ポリオレフィンの分子量、溶液濃度についても両者は一致している。また、同号証の、紡糸から凝固浴にいたる紡糸工程に関する記載、及び「延伸によって、可成りの量の溶媒がフィラメントから除去される」との記載からみて、同号証に記載された発明においても本件発明と同様、積極的には溶媒の除去を行わずに冷却し、可成りの量の溶媒を含んだ条件下に延伸するものと認められるが、本件発明の構成とする「少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る」点が甲第3号証の2には記載されていない点で両者間には明らかな相違が認められる。

そこで、この相違点について検討する。

甲第3号証の2には、実施例3に「水浴中でもとの長さの2.4倍に延伸」すること、及び実施例4に「次いで実施例3と同様に操作した.1:9の最終延伸後に得られたフィラメントは3.8%の伸びにおいて125RKmの強度・・であった」ことが記載されているが、「1:9の最終延伸」とは、「最終」の語からみて、延伸工程全体を通して最終的にこのような延伸比となるような延伸がフィラメントに付与されることを意味するものと解するのが自然である。このことは、被請求人が主張するように、同号証に対応する米国特許明細書である甲第3号証の1に、「元のフィラメント長に対するトータル延伸比あるいはトータル伸張比は、通常は1:9あるいは1:10を越えないものである.」と記載されており、1:9あるいは1:10をトータル延伸比の上限としていることからも窺える。ゆえに.請求人の、

「甲第3号証の2には、(予備延伸比2.4)×(最終延伸比9)=21.6倍で延伸することが記載されている」という主張は当を得ないものである。

また、請求人は、甲第3号証の2の記載に基づいて、紡糸直後のフィラメントの断面積と延伸後のフィラメントの断面積とから延伸比を算出すると22.62になる旨主張しているが、このように延伸以外の工程までをも含めた区間におけるフィラメントの断面積変化に基づいて求めた値を「延伸比」とすることはできないので、この点の請求人の主張は妥当でない。

更に請求人は、甲第9号証、及び甲第10号証を提出し、ポリエチレン・フィラメントやポリプロピレン・フィラメントを延伸する場合、

<1>延伸比が増加するに従って、得られる延伸フィラメントの引張り強さ及び弾性率は増大すること、及び、

<2>該フィラメント(すなわち、その原料ポリオレフィン)の分子量(重量平均分子量)が大となるに従って、延伸フィラメントの引張り強さは増大する、

ことは、本件特許出願の優先権主張日前の技術水準において、当業者の一般知識として周知の事実であったとして、甲第3号証の2に記載された発明においても、この周知事項に基づき、本件発明に規定する

「引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上」のフィラメントは容易に得られる旨主張している。

しかしながら、甲第3号証の2には、得られるフィラメントの弾性率については記載されておらず、また引張り強さについては「125RKmの強度」(実施例4)が記載されているが、この値は請求人自身が述べているところによっても、約1.2GPaに相当するものにすぎない.一方、請求人が前記主張の根拠としている甲第9号証、及び甲第10号証に記載されたデータは、分子量50万未満のポリオレフィンを用いて得られたものと認められ(甲第9号証の第68頁表題下第1行乃至第2行、及び甲第10号証の第2374頁第5図参照。)、このデータから導き出された前記物性傾向が、本件発明のように高分子量(分子量50万以上)のポリオレフィンについても同様に現出するものと解すべき根拠はない.

結局、甲第3号証の2には、本件特許発明の構成とする「少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得る」点については記載も示唆もされておらず、これに請求人が主張する周知事項を付加しても容易になし得たものではない以上、本件発明が甲第3号証の2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない.

(ロ)甲第11号証について

本件発明と甲第11号証に記載された発明とは、ポリオレフィン含有組成物を紡糸原料とし、これを延伸してポリオレフィンフィラメントを製造する点で一致しており、延伸比についても重複する範囲を有しているが、紡糸原料であるポリオレフィン組成物が、本件発明では「濃度1~30重量%の加熱高分子量ポリオレフィン溶液」であるのに対し、同号証の発明では、ポリオレフィン重合体の重量に対して20~150%の範囲内で高沸点添加剤を共存せしめ、熔融して得られた高濃度分散体である点で、両者間には第一の相違点が認められる.

よって、まずこの点につき検討する。

請求人が主張するように、甲第11号証には、上記添加剤としてデカリンを用い得ることが記載されており、一方、本件明細書の実施例1にはポリオレフィンの溶媒としてデカリンを用いることが記載されているが、甲第11号証に記載されたポリオレフィン重合体の重量に対する高沸点添加剤の添加比率から、高濃度分散体(紡糸原料)に占める重合体の重量割合を算出すると40%~83%の範囲となり、この高濃度分散体を溶液と解釈しても、その重合体濃度範囲は本件発明の「1~30重量%」とは大きく乖離している。そして、甲第11号証の発明は、「如何なる低圧法重合体に対しても添加量が20%以下又は150%以上では後記する実施例の示す通りの顕著な効果を示さないことが現らかとなった。」(第2頁左欄第10行乃至第12行。なお、実施例には得られた繊維の性能として、引張強度及び伸度の数値が記載されている。)と記載しているように、添加剤の添加量が20~150%の範囲外となること、即ち、高濃度分散体(紡糸原料)に占める重合体の重量割合が83%以上、又は40%以下となることを繊維の性能の観点から明瞭に排除している.

更に、甲第11号証の発明が、本件発明におけるような高分子量(分子量50万以上)のポリオレフィンを用いることを含んでいるとしても、同号証にはそれに対応する効果が記載されておらず、このような高分子量ポリオレフィンを紡糸原料に対して30%以下の重量割合で配合した場合の効果が予測し得たものとは到底いえない。

したがって、紡糸原料の相違のみについてみても、本件発明が甲第11号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない。

(ハ)甲第13号証について

本件発明と甲第13号証の第Ⅴ表実験No.24に記載された発明とは、ともに、高分子量ポリオレフィン溶液を溶液紡糸して得たフィラメントを延伸してポリオレフィンフィラメントを製造するものであり、ポリオレフィン溶液の濃度も一致するが、延伸比に関し、本件発明では「少なくとも11以上」としているのに対して、甲第13号証の第Ⅴ表実験No.24では「3.0」にすぎない点で両者は大きく相違しており、また、同号証ににこの実験で得られたフィラメントの物性値についても記載するところがない.

この点について請求人は、甲第13号証の第Ⅴ表実験No.24を追試したものとして甲第14号証の1及び甲第14号証の2の実験報告書を提出し、「甲第13号証の第Ⅴ表実験No.24の条件を実質的に追試して得られる延伸比8以上で延伸したポリエチレンフィラメントの引張り強さは1.32GPa以上、弾性率は30.0GPa以上となった。」旨主張している。また請求人は、延伸比をこのように高倍率として追試した理由として、

a.甲第13号証の第Ⅴ表の他の実験ではポリプロピレン繊維について4.0~9.5の延伸比で延伸したことが記載されていること、

b.甲第13号証には第Ⅴ表の実験について「高強度又は高弾性の繊維を得るための最適な紡糸条件についての試みは行わなかった。」と記載されており、第Ⅴ表実験No.24は分子量100万のポリエチレンについての最適の紡糸、延伸条件を記載したものではないこと、

c.甲第15号証(第1頁左欄下から2行乃至同頁右欄第2行)の記載によれば、高強度のポリオレフィンの延伸糸を得ようとする場合、その最高延伸倍率の85~95%の延伸をすることは当業者に周知の事実であり、甲第14号証の2の結果によれば甲第13号証第Ⅴ表実験No.24で得られるポリエチレンの紡出糸は17.3倍の延伸が可能であるから、高強度のポリエチレン延伸糸を得ようとすればその85~95%、即ち14.7~16.4の延伸比で延伸を行うのが当然であって、このようにすると甲第13号証第Ⅴ表実験No.24においても引張り強さが約2.3~2.5GPa、弾性率が約51~73GPaのポリエチレン延伸糸が得られること、及び、

d.甲第9号証に開示されているように、ポリエチレン未延伸糸の延伸において、延伸比を増大するにつれて延伸繊維の弾性率及び引張り強さが増大することは周知であり、甲第13号証第Ⅴ表実験No.24における延伸比を3.0以上に増大することは自明の操作であること、

を挙げている.

そこで検討すると、請求人が挺出した甲第14号証の1及び甲第14号証の2は、いずれも甲第13号証第Ⅴ表実験No.24で用いている延伸比についての実験条件を変更して行ったものであるから、実験No.24の追試といえるものではない.また、請求人が挙げた前記b.の理由によって、甲第13号証第Ⅴ表実験No.24では延伸条件として最適のものが用いられていないとしても、a.のように、原料ポリマーを異にするポリプロピレン繊維についての実験で用いられている延伸比をこれに適用すべき必然性はなく、更に、c.及びd.で請求人がそれぞれ甲第15号証及び甲第9号証の記載を挙げて周知であるとしている事項が、甲第13号証第Ⅴ表実験No.24で用いられているような分子量100万という高分子量のポリエチレンについても該当するものとは直ちに認めがたい。

結局、甲第13号証には、本件発明の構成とする「少なくとも11以上の延伸比で延伸して引張り強さ1.32GPa以上、弾性率23.9GPa以上のフィラメントを得ること」が記載されていないばかりか、甲第9号証及び甲第15号証に記載された周知技術を併せみても、この点が甲第13号証に記載された発明に基づいて容易になし得たものとはいえない。

したがって、本件発明は、甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

4.その他の無効理由

Ⅳで述べたように、昭和61年12月13日付手続補正書、及び昭和62年9月16日付手続補正書の両補正書が特許法第64条第1項及び同条第2項で準用する第126条第2項の規定に違反するものであることを前提とした無効理由(その1)の主張については理由がない。

また、両補正書が適法であることを前提とした無効理由(その3)の主張についても理由がない。

Ⅵ.(むすび)

以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許第1447082号発明を無効とすることはできない.

よって、結論のとおり審決する。

平成4年6月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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